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               熊の幽霊事件

                                末水 霧人

 

 岡峰高校の部室棟は校舎の裏手にあった。プレハブのため夏は蒸し暑く、冬は非常に寒い。さらに梅雨の時期だといまにもカビが発生しそうなほどに湿気が立ち込める。そのなかの一室に推理小説研究部があった。

なぜこんなにマイナーそうな部活が成立しているかといえば、この学校の教育方針に関係があった。岡峰高校は教育方針として文武両道という古めかしいものを掲げていた。文の方は県下一とは言わないまでもそこそこの進学校であり、武の方はまあまあの成績を修めていた。例えば野球では毎年甲子園に行くことを目標にしていて、ここ10年で3回も甲子園に出場していたし、他にも陸上や水泳でも毎年いくつかの賞を学校に持ち帰っているようだった。その成績を維持するために生徒は全員部活に所属することが義務付けられていた。しかもこの学校には愛好会というものの存在が許されていないため、そちらに逃げることも出来ない。そこでどこにも所属したくはないという生徒たちがほとんど名前だけで楽そうだと分かる推理小説研究部に所属することになってしまうというわけだ。もちろんそんな動機だから、幽霊部員が多い。

なぜ推理小説研究部が部活として認められたのかは定かではないが、この部活が存在し続けることの出来る理由はそんなところにあった。さて、そんな推理小説研究部の話である

 

「だから夕。何でくるんだよ。お前、自分の部活は?この部活には何の関係もないだろう」

 迷惑そうに僕はいった。このくらい言わないとこいつは理解しようとすらしないだろうから。その迷惑な声の対象は気にもしない様子だった。まだ声に厳しさが足りないのかな。

「だからね。芝嶋君。お休みだってば。自主的に」

 自主的に休みって・・・。それはただのさぼりじゃないか!でもあえてそこは突っ込まない。つっこむと夕は間違いなく反論してくる。しかもヒステリーに。僕は生まれてこの方、一緒にいるような気がする夕の性格を嫌というほど理解していた。

「あのねぇ〜。今日は面白そうなにおいがするからねぇ」

 まったく何の臭いなんだよ。面白そうな臭いだけで人を巻き込むなって言いたい。

「それもねぇ。あの推理小説研究部からね」

「そうなんですね。で、どんなことがおこるわけですか」

 あえて嫌味っぽく丁寧な口調で言ってみる。飽き飽きしているといった風な感じで。

「ふ〜ん。そんな口が叩けるわけですか。この夕ちゃんにね」

 別に僕はなんの弱みも握られていないはずだぞ・・・。たぶん。

「まあいいや。芝嶋君の弱みはいっぱい握っているからね・・・。そんな口を聞くたびにこうだ!!」

 夕が携帯をもってメールを打っていた。ちょっと待てよ!!内容を確認しないと。

「って夕!!なんだその写真・・・」

 僕はメールの内容を見て驚いた。そ、それは僕のテストの写メール・・・。しかも、おとといとった至上最低の点数の・・・。同じクラスとはいえいつの間に、しかも点数まではっきり分かるほど鮮明に取ったんだ。

「ふふふ、これを井端に送っちゃうぞ・・・」

 井端とは同じ推理小説研究部の一員の男だ。奴に知られるということは、部の全員にしれわたるに違いない。やめてくれぇ。

「わかったてば。つれてけばいいんだろ?」

 僕は一気に脱力して、負けを認めるしかなかった。夕にはいつも勝てないなぁ。いつか勝ってやるぞ。

「はいはい。わかればよろし。まったく素直じゃないんだから」

 にんまりといった言葉がぴったりと当てはまるような笑顔だった。ほとんど悪夢だ。

「はぁ」

 もうため息しかでなかった。僕はとぼとぼと部室であるプレハブに向かうことにした。その横で夕はスキップしかねないくらいわくわくしていた。

「こんちわ〜」

 大声で夕が扉を開ける。あれ?部長しかいないみたいだ。夕がまるで自分の部活であるように自然に椅子に座る。仕方なく僕はその隣に座る。夕は部長の隣に座った。

「あら。夕ちゃんいらっしゃい」

 おっとりと部長が言う。部長は3年生で女の子。ふわふわの巻き毛と整った顔立ちそれでいて人当たりは柔らかい。そしてどこか物憂げな雰囲気。そのためか同学年の男からは絶大な人気を集めているらしい。でも実際をしるとそれは納得出来ないんだけど。

「夕ちゃん。久しぶりぃ。今日も可愛いわねぇ」

 とかいいながら、夕のほっぺを突付く。僕は完璧に無視されている。

「今日は部長だけなんですか?副部長はいないんですか?」

「そうねぇ・・・。いないんじゃない?」

 あっさりである。部長は自分は女の子にしか興味ないと公言していて、男である副部長はまるっきり相手にされていないのであった。

「はあ。じゃあ今日は部長だけなんですか。夕・・・たぶんなにも起こりそうにないよ」

「何も起こらないとは限らないじゃないの。これから誰か来るかもしれないし。それに夕ちゃんの感度のいい鼻が何か起こりそうだとむずむずしてるんだもん」

 夕は鼻をぴくぴくさせた。部長の目がきらきらしている。きっとよからぬことを考えているのだろう。部長が「感度・・・」とか呟いたのを僕は聞き漏らさなかった。恍惚の表情してるし。

「そうなのよね・・・」

 一瞬部長が何に対してうなずいたのか分からなかった。この人は本当にマイペースなのだから。

「今日は真奈美ちゃんはこないのかしらね・・・。残念だわ・・・」

 憂鬱に部長はため息をつく。ちなみに真奈美ちゃんとは同じ一年生の女の子だ。苗字は阿部。茶道部とこの部活を兼任しているという珍しい人だ。ちなみに部長の愛しの人だ。

「阿部さんは来ないんじゃないでしょうか。茶道部が最近忙しいらしいし」

 僕はいたってまともな反論をしたはずだ。それなのに部長の恨めしい顔はなんだよ。まるで僕が阿部さんを隠したみたいじゃないか〜。

「ぶぅ。真奈美ちゃん来ないのねぇ」

 そんなにぶうたれなくても。そういいながら部長は夕のほっぺを撫でた。突付くのは飽きたらしい。

「ええと・・・。芝嶋君。た、たぶん今日はなにも起きないんじゃないかな」

 どうした、夕。あんなに強情な夕があきらめるなんて珍しい。夕は立ち上がった。その顔が少しゆがんでいるところを見ると、部長にほっぺを撫でられたことが嫌だったみたい。

「あ〜ん。夕ちゃんのいけずぅ」

 いけずっていつの人間なんだよ。

「まあいいわ。今日は何も予定ないし、帰ろうかしらねぇ」

 と部長の動きが止まった。

「足音が聞こえる・・・真奈美ちゃんかしら・・・」

 え?そんな音しないよ。どれだけ耳がいいんだよ。夕も部長を不思議そうに見ている。しかし、しばらくして扉が開いた。本当に人が近づいていたんだ。奇跡的な耳のよさだな。

「・・・あれ?なんだぁ、井端君か。じゃあ帰るもん」

 扉を開けたのは阿部さんではなくて、井端だった。同じ学年の一年生。こいつも部活をやりたくないって理由でこの部に入ったが、ほぼ皆勤賞というくらい部活に来ている。その理由は・・・。

「え〜部長まってくださいよ。俺とお話しましょうよ〜」

 そう。こいつは部長が好きらしい。しかも、部長が女の子にしか興味が持たないと知ってからはさらに熱を上げている。なんでも「俺が部長をノーマルな趣味にしてやるぜ」だそうで。いつか自分に惚れさせて見せるなんて決意をしているみたいだ。やれやれ。

「いや」

 にべもない。部長はさっさとノブに手をかけると、扉を開いた。と、部長の顔が一気に明るくなる。

「真奈美〜!!」

 部長が飛びつかんばかりの勢い・・・いや、阿部さんに飛びついた。あれで迷惑そうな顔一つしないんだから、阿部さんは大物だ。

「部長。こんにちは」

 長い髪の毛のいかにも穏やかそうな子が阿部さんだ。深窓の美少女っていう言葉がいかにもぴったりときそうな女の子だ。名前は何度も部長が言ったように真奈美。首に絡み付いている部長に普通に挨拶しているあたりはやはり大物なのか?よく考えるとただ人の好意に対して鈍いだけかもしれない。

「真奈美。こんにちわぁ」

 部長がえらくニコニコしている。そりゃあ愛しの真奈美ちゃんが来たから嬉しいのだろうけど、さっきまでの不機嫌面とは大違いだ。本当に部長の女の子好きは筋金入りだ・・・。というか阿部さん好きか?

「はぁ、阿部ちゃんは災難だねぇ。あたしはあれ耐えられないよ」

 夕がぼそっとつぶやく。よほどほっぺを撫でられたのがいやだったみたいだ。ぞわっとしたとさらに呟いた。

「うふふふ・・・」

 阿部さん。腰に手を回されてるんですけど・・・。抵抗しないのか?

「部長・・・。お戯れがすぎますよ」

 あっ静かに怒っていていらっしゃる。腰に回された手をぐいっとひねり上げたみたいで、部長がすこし顔をしかめた。しかし、その後なぜか恍惚とした表情を浮かべた。このひとレズな上に、Mっ気ありか・・・。面倒臭い人だなぁ。

「真奈美ぃ。いいわぁ、以外に勝気なところとかすごく好み・・・」

 ・・・これは本当にやばい人だ。部長は井端を避け、阿部さんの隣に座った。つまり僕の隣に部長と夕が座り、部長の隣に阿部さん。そのとなりに井端が座っている。

「芝嶋君・・・。部長こんな人だったんだ・・・」

「こんな人だったんだよ・・・」

 なんか急激に疲れてきたよ・・・。今日は本当に帰ろうかな。でも部長はいるし、阿部さん、井端、僕で結構メンバーがそろったし、久しぶりに会議とかやるのかもしれないしな。いるしかないんだろうなぁ。

「さて、部長は放っておいて会議でもしましょう。いつもは私も茶道部のほうにいて、集まりが悪いから。折角4人来ているんだし・・・ね」

 なぜか阿部さんが中心になっている。部長は阿部さんのその様子をきらきらした目で眺めていた。あんたが本来ならその役目でしょうが。

「あら、でも副部長も来ていないし、あの兄弟も来ていないわね・・・。あと香夏子も」

 阿部さんはそのあと「まあいいわ。あの人たちは来ていても、いなくてもあんまり関係ないもの」と付け加えた。結構辛辣なこというな。ついでに部長もいなければもっと楽だろうなぁ。

「でもさ。何の会議するんだよ。近々なんか行事あったけ」

 井端・・・。お前物忘れひどいな。文化祭があるだろうが・・・。

「そうか・・・。俺が部長に告白を・・・」

 こいつもまた話をややこしくする。

「文化祭よ」

 阿部さんが井端の話を切る。すごいなぁ。僕にはちょっとまね出来ないな。

「文化祭。この部活で何やるか決めてないでしょ」

「そだっけ?去年もやったっていう展示でいいんじゃないの」

 去年やった展示ってなんなのだろう。僕は一年だし、井端も一年生なはずなのになんで知っているんだろうか。

「私が教えたのよ・・・」

 部長が不機嫌そうに言った。表情から察するに井端に付きまとわれて、去年のことを少し喋ったのだろう。

「去年の私を知りたいとか言い出してねぇ。渋々だからね」

 誰かに語りかけたかのように言った。一体誰に・・・。って阿部さん以外いないか。阿部さんは聞いていないようだけど。

「真奈美さん、愛されてるねぇ」

 夕がぼそっとつぶやく。少しまだ嫌そうにしてるのは部長に対して抵抗があるからだろう。

「さて部長その展示とは何の展示なんですか?」

 阿部さんが部長に向き直る。完璧に無視しておくわけにはいかなかったのだろう。部長が顔を赤らめる。それだけで顔を赤らめるなよ。

「展示ねぇ。去年やったのは、各部員の作品の展示とかやったなぁ。文芸部と合同でやったっけ。そんなに数が集まらなかったから」

 はあ、なるほどね。そんなことやったのか。展示って言うからてっきり絵とかパネルを作るかと思った。

「意義あり!!俺は劇をやりたい!!」

 井端・・・一体何を言い出すんだよ。無理だってば。演劇部じゃないんだから。それを立ち上がってまで発言するか。

「おっ、芝嶋。演劇部じゃないんだからって顔してるな。違うんだなぁ。俺がやりたいのは、ずばり、着ぐるみ劇!!」

「はぁ?なにいってんだよ。着ぐるみ劇ってなんだよ」

 井端は西部劇でみたことあるような感じで指を振って否定した。何が違うって言うんだよ。

「あれは俺が中2の文化祭だった。俺の憧れの先生、もちろん女教師だったが、その先生が着ぐるみ劇でウサギの着ぐるみを着ていたんだ。その仕草のかわいらしいことったらなかった。そこで俺は提案したい!!俺は部長のうさぎの着ぐるみが見たい!!」

「却下」

 部長の却下の声はすばやかった。そして井端のへこみようも早かった。こいつはそういうことしか考えられないのかよ。

「そうねぇ。今回はどうしましょうかね。それぞれが独自のテーマで書いてもいいけど。競作を私は推すよ」

「競作・・・ですか。もちろん理由はあるんですよね・・・」

 部長が競作って言い出した理由はたぶん・・・。

「あるわよぉ。もちろん真奈美と同じテーマに取り組むっていうことに意義があるのよ」

 やっぱりそうだろうな。なぜ部長にしろ、井端にしろ、煩悩全開なんだよ。頭痛くなってきたよ。阿部さんも頭を抱えているみたいだった。

「競作もなし・・・ではないですけど。それにはテーマを決めなくてはならないですし。4人で決めてしまうのも悪い気がしますね」

「いいよ。他の人たちは小物だから」

 小物扱いですか。他の人たちの中には副部長もいるって言うのに。僕も副部長が大物だとはいわないけど、小物扱いはひどいな。

「はぁ。そうですか。で、なにをテーマにするんですか?」

「そうねぇ・・・。何かないかしらね」

 テーマは決めてなかったのかよ!!競作を推したからには核心的なテーマがあると思っていたけど、そうではなかったのか。部長は本当に煩悩だけで動いているんだな。だから先のことを考えてないのだ。

「はい!!あります!!」

 おっとまた井端が手を挙げた。またこの場を荒らすのか。

「これは2年前俺が直接体験したことなんだけど・・・」

 なぜか井端は怖い話をするときにやる、少し前かがみで声をひそめ、トーンを落とした話し方をし始めた。今は9月なんですけどね。

「きゃ〜こわ〜い」

「おっ、それいいね」

 夕は興味津々と言った様子。でも、部長・・・。わざとらしさ全開ですよ。わざと怖がって阿部さんに抱きつこうとしているのが見え見えですよ。真奈美さんも自然に避けて・・・。

「ぶ、部長・・・」

 阿部さんが体を傾けて部長を避けた。そこに部長が体をもたれてきたわけだから、阿部さんのバランスが崩れて椅子が傾いて・・・。

「部長!!そこまでだ!!」

 いまにも椅子が倒れ、阿部さんと部長が重なりあって倒れそうになった瞬間。誰かが阿部さんの体を支えた。

「ええと芝嶋君この人誰?」

 夕が聞く。部外者な夕は知らないのか。この人は高岡さん。名前は確か香夏子。一年生で阿部さんと同じクラスらしい。小さいときから友達で、今も一緒に通学しているらしい。たしか陸上部だったはずなんだけど。なんでこの時間にいるんだろうか。

「今日は早く終わったの。真奈美、一緒に帰ろう」

「香夏子。あのね。まだ会議中なの。だから帰れないわ。だから香夏子も参加して頂戴」

 一応、高岡さんも部員ではあるので参加する義務はあるはずだ。高岡さんもしぶしぶといった感じで自然に阿部さんの隣に着席する。

「香夏子。今はね・・・」

 阿部さんがことの成り行きを簡単に説明する。高岡さんは、阿部さんにべったりくっついている部長の方ばかり見ている。というよりにらみつけているといった感じ。部長は完全にその視線を無視してる。

「話聞いている?」

 阿部さんが聞く。高岡さんははっと気づいて、「聞いてる」と慌てていった。たぶん聞いてなかっただろうな

「そう。話が中断したけど井端君続けて」

「うっ。いいのかなぁ」

 井端はいかにも修羅場という雰囲気を醸し出している3人を眺めている。阿部さんを中心に部長と高岡さんが火花を散らしているって感じだ。さすがの井端もそこに割り込んでいく勇気はないみたいだ。

「どうぞ。続けて」

 阿部さんは左右を無視して言った。やっぱり大物なのかもしれない。

「そうか?じゃあ話すけど・・・。あれは2年前。たしか夜遅く、ていっても7時くらいだっけな。当時は中学生だったからね。結構7時でも遅い方だったんだ。それで・・・」

 今度は怪談話のような喋り方ではなくて、普通の語り口だった。

「それで友達と文化祭の準備をして、一緒に帰る途中だっけ。そいつの家の近くに廃校になった中学があるっていうので、文化祭の準備で浮かれあがっていた俺達はそこに肝試しに入ったんだ。あと何日で文化祭っていうのは、結構気持ちが盛り上がるもんなんだな。あの時は7時だから真っ暗ではなかったけど。それでも廃校だったし、かなり怖いものがあったよ」

「・・・一つ聞きたいんだけど中学校の時だよね。あなたの友達の家の近くに中学校があったって言ったわね。そこはなぜ廃校になったの。統合でもされたのかしら」

 阿部さんが聞きたいのは、つまり近くに中学があるのになんで遠くの中学に行かなければならなかったのかということだ。

「そうだねぇ。俺も本当は近い方の中学に通えればよかったんだけど、田舎だったからね。学校が統合されたせいで、1時間くらい自転車こがなきゃ隣町の中学校いけなかったんだよ」

 やっぱり中学校が統合されたせいで隣町の中学校まで通わなければいけなかったみたいだ。

「今はこの高校に通っているわけで。今は実は下宿しているんだよ」

 そういえば、こいつが下宿していることをすっかり忘れていた。こいつもこいつで苦労しているんだな。

「でな、その肝試しの途中、たしか一階の教室とか図書館のぬけがらを見て。なんだ、たいしたことないやって調子に乗って、2階のある教室に行った時だった」

 そこからやっぱり怪談話をするときの姿勢になる。高岡さんは少しおびえた顔だ。こういう話が苦手なのかもしれない。

「俺は見てしまったんだよ。あれを・・・」

 出た。いまにもCMに入りそうなタイミングでの出し惜しみ。こういうのは嫌いだ。そしていつもオチはたいしたことないと相場は決まっているからだ。

「あれはクマだった。クマが教卓の近くにいた。そして、クマが・・・こっちを手招きしていたんだ」

・・・。え?クマ?たいしたことのないオチというか、話がよくわからない。井端以外の全員がぽかんと口を開けている。特に怖がっていた高岡さんは拍子抜けという顔をしていた。

「ええと・・・。井端君。意味がわからないんだけど・・・」

 阿部さんが言ったことはもっともだった。当の井端はこっちの方が意味がわからないといった風だ。

「あのさ・・・。クマって何?」

 夕が口を挟む。

「クマっていうのは等身大のクマの・・・たぶん着ぐるみみたいなものだったんじゃないかな」

 等身大のクマの着ぐるみが学校にあった。たしかにそのことは異常かもしれない。しかもそれが手招きをしていたという状況は想像すると確かにちょっと怖い。でも・・・。クマの着ぐるみというとどうしても可愛らしいイメージしかもてないために、怪談として成立してないんじゃないかな。

「それで俺達はあんまりにびっくりしたもんだから、あわてて逃げたんだ。その夜はあのクマの着ぐるみが怖くて、気になって眠れなかった」

「ふ〜ん。たいしたことない話。その中に人でも入っていたんでしょ」

 高岡さんがすっかり馬鹿にしたような目つきで井端を見ている。さっきの怯えはどこかに吹き飛んでしまったみたいだ。

「違うんだよ。この話にはまだ続きがあるんだ。次の日その友達がとんでもないことを言い出したんだ。『俺、あの廃校に忘れ物してきたみたいなんだ。財布なんだけど。たぶん・・・あの教室にある』そこで2人で明るいうちにその教室まで財布を取りに行こうということになったんだ」

「それで?」

「明るいうちに財布を取りにいくと・・・。クマのぬいぐるみは跡形もなく消えていた・・・」

「でもさ、クマの着ぐるみの中に人が入っていたとすればクマが消えることにはなんの疑問もないでしょ?」

 高岡さんがもっともなことを言う。しかし、夕が渋い顔をする。

「あのねぇ、高岡さん。それだと何のためにクマの着ぐるみをその人が着ていたかを説明しなきゃいけないでしょ。その説明ってすごく難しいと思うけど」

 たしかに廃校で着ぐるみをきて、偶然やってきた男子生徒に手招きする意味なんてない。その説明は確かに難しそうだった。

「じゃあ私はその説明を考えれば、真奈美と一緒に帰れるわけね」

 そうではないけど・・・。まあそれでいいアイディアが出ることがあるかもしれないから、あえて止める事はやめておこう。

「そうねぇ。香夏子がその方向で考えるのならば、私は別の方向で考えてみるわ」

「じゃあ、私も真奈美に付き合うわぁ」

 部長がまたまぜっかえす。高岡さんがむっとした顔をした。たぶん高岡さんの方向ではもう話は進まないだろうな。

「例えば・・・。実は落し物をした部屋と、クマを見た部屋は違っていた。クマの着ぐるみはたまたまそこに置かれていたもので、動いて見えたのは光の加減だった。というのはどうかしらね・・・」

 ああ、それは僕も考えていた。落し物をした部屋というのは実は別の部屋で、クマの部屋では落し物をしなかった。それは可能性としてありえるのではないだろうか。しかし、

「それはないよ」

 井端が簡単に否定した。

「だってあの時、2階にいった時にはクマの部屋に最初に行ったからね。だから落し物をした部屋を間違えることはありえない」

 それなら間違いようがないな。

「じゃあさ、こういうのはどうかね」

 夕が口を出す。またごちゃごちゃになるわけなのか。夕できるだけまぜっかえすなよ。

「実はクマなんていなかった」

 何を言っているんだ。クマがいないということは何がいたんだって言うんだろう。

「実はクマじゃない。例えば何かの物品とクマを見間違えた。う〜ん、そうだなぁ。例えば、机と椅子とか」

 それはないだろう。夕にしては冴えない反論だと思う。やっぱりここは夕の本拠地じゃないからだろうか。

「それはない。だってさ。それだったら巨大な何かがあった、くらいとしか言えないよ。俺達は間違いなくクマをみた。それだけは確かだと思う」

「そうか・・・」

 夕も考え込む。行き詰ったか。情けないけど、僕はなにも思いつかない。せめてなにか発言して・・・。そうだな。

「あのさ、井端。校舎ってどんな形なんだ?」

「おっ、芝嶋。なんだ、なにか思いついたか?お前らしくもない、それとも愛の告白か?」

 愛の告白ってなんだよ。お前らしくないってのもなんだか失礼だ。

「いや・・・。ちょっとした思いつきなんだけれどもな。愛は誰にも持ってないから告白しないぞ」

 一応、井端の冗談にも付き合ってみる。それをみた高岡さんが変な顔で僕を見た。何か含みがあるみたいな顔だ。

「高岡さん。その顔、なんですか?」

「え〜夕ちゃんは?」

 夕がなにかいまの話の流れに関係あるんだろうか。僕は夕のほうに向き直る。

「・・・わからないならいいよ」

 高岡さんをどうも呆れさせてしまったみたいだ。何のことだかさっぱり分からなかったが。いまの文脈のどこに夕がからんでくるのだろうか。

「むう。芝嶋君、私も何のことだか分からないよ」

 夕が首をかしげた。夕にも分からないのなら、僕にわかるはずもないか。

「ええといいかしら?」

 阿部さんがその話に割り込む。

「井端君。芝嶋君の質問は結構重要だと思うの。答えてくれないかな」

「あれ?芝嶋の質問ってなんだっけ」

「校舎の形について」

 ああそういえば、そんな話から少し脱線したんだっけな。僕がそのことについて思い当たったのは、財布を落としたのがクマの部屋ではなかったということがなかったと聞いた時に、ではどこかで部屋の行き違いがあった可能性もあるんではないかと思いついたからだ。具体的には次の日に財布をとりに行った教室とクマのいた部屋は別だったんじゃないかということだ。そういうことが起こった可能性あるとすればそれは校舎の形から発生するものかもしれないと思い至ったわけだ。

「でもさ、芝嶋。それだと結局さ、俺がさっき言ったことで全部否定できるぞ。つまり、俺の行った2階の部屋はクマのいた部屋のみだってことだけで」

 僕のその説明を聞いた井端はそういって反論した。そう来ると思ったよ。

「仮にさ、クマが財布を別の部屋に置いておく理由があったとしたらどうだろう」

 僕には一つだけ考えがあった。

「その前に、僕の質問に答えてくれよ」

 今度は僕が逆にじらしてみた。井端は少しむっとした顔をしている。

「そうだなぁ。きっと上空から見たら『工』の字みたいになっているんだと思うけど、それが何か関係あるのか?」

 阿部さんがそのことを聞いて、自分のルーズリーフを一枚取りだし、見取り図を描いてくれる。『工』の縦棒は井端によると、それは渡り廊下になっているみたいだ。渡り廊下につながっている横棒の2本は教室群で、その接続部分のほどちかくに階段があるようだ。

「その校舎だけど、もしかして教室群は鏡写しみたいに対称になってたりするか?」

「ああ、確かにそうなってた」

「じゃあ、入り口はどこにあった?」

「『工』の字の縦棒の接続点にあったよ」

つまり階段を一階まで降りきると、すぐそこに玄関があるという作りらしい。

「玄関は教室群のそれぞれにあったか?」

 井端はそのことを何で聞くのかさっぱり分からないといった様子だった。表情に出さないけど、心の中ではやきもきしているに違いない。た、たのしい。

「ええとそれは入り口が2つあったかということか?それなら、入り口は2つあった」

 勝った。たぶんこの謎はここで終わりなはずだ。僕の考えが正しければの話だけれども。

「井端。お前が入った2階の教室ってどこだ?」

「たしか・・・。この接続点のところに階段があって、そこのすぐ近くにあった教室だから、たぶんここだ」

 阿部さんが書いていた校舎の簡単な見取り図を指した。そこは『工』の上部の接続点の少し右側だった。

「つまり、クマを見た日。その教室に入ったわけだな。それで次の日は、間違いなく同じ教室に入ったんだな?」

「ああ、たぶんな」

 しかし、僕の考えだとそれは違う。井端はここに入ったはずだ。僕はある場所を指した。

「そこが、どうかしたのか?」

「たぶんここ。ここが次の日、お前が行った教室なんだよ」

 そこは『工』の字の下の接続点の少し左側の教室だった。つまり先ほどの教室とは点対称の位置の教室だった。

「僕が考えているのはつまりこういうことなんだ・・・」

「入り口を間違えたと芝嶋君は言いたいわけだね」

 ああ〜。一番おいしい見せ場を!!夕のやろう!!

「入り口を間違えただって?どういうことだ?」

 井端はわけが分からないみたいだ。いったん夕をにらみつけて僕は解説する。本当に僕は真相あてをやりたかった・・・。たしかに当たっているとは限らないけど、あそこまで盛り上げたんだから・・・。

「芝嶋君、いつまでいじけているんだい!!ほら、君の出番だヨ」

 完全に棒読みのセリフだ。夕のやろう、完璧にわざとやりやがったな。しかも、おいしいところだけ持っていって、説明は面倒くさいから押し付ける気満々だ。

「まあしょうがないから、僕がやるけれども。ええと、つまりクマを見た日、井端は先ほど自分で示した教室に入った。これは事実。でも次の日、財布を取りに行った時、井端は前の日に入った入り口と逆側の入り口から入った。そうすることによって、同じ道順をたどったとしても、全く別の教室。つまり、クマを見た日とは点対称のこの教室に入ったという説明が出来るんだよ」

 僕は再び、『工』の下部の接続点の少し左の位置を指した。

「なぜ井端が間違えたかはわからない。推測だけど、学校の帰りと家からその校舎に行った道が違うんじゃないかな。しかも、学校の帰りは夜だった。家から行ったときの違いが分からなかったんじゃないかな。井端、この説はどうだろうか」

 井端は少し考えている。頭の中を整理しているんだろうか。

「あのさぁ、教室が変わったっていうんなら、落し物の財布は見つからないはずだよね。財布は見つかったんでしょ?」

「ああ、財布は見つかったし、教室を間違えたってことはないと思うけど」

 高岡さんの言うことはもっともだ。ただ、そこをクリアすればこの説は支持されるかもしれない。

「財布がクマの教室にあった理由。こういう風に考えたらどうかな。井端、もう一つ聞きたいんだけど」

「なんだ?」

「肝試しに行こうといったのはどちら側だ?お前か?その友達か?」

 井端はまたわからない質問をしているなといった顔をしている。ここはすごく重要なところなんだ。

「俺・・・じゃなかったな、たしか。友達が行こうといったはずだ」

「そうか。じゃあ、そのクマと財布はまるっきり友達が仕組んだお前を驚かすための企画だった、ていう考え方も出来るな・・・」

「・・・たしかにそうかも」

 井端も納得してくれたみたいだ。僕の考えはここまでだ。我ながらうまく説明できたと思う。

「・・・芝嶋。でもさ、クマの着ぐるみなんてどこで調達するんだよ。あと財布はなぜ別の教室にあったんだ?」

「それは・・・」

 答えに詰まった。そこまで考えてなかった。だが、瞬間に答えが思い浮かんだ。この答えが正しいものだといいけど。

「たぶんこういうことだ。その友達は以前、その校舎にいっていたんだ。それでクマの着ぐるみを発見した。そこで井端を驚かすためにしこみを・・・」

 そこで僕はひとつ思い当たった。これはかなり整合性が取れるかもしれない。

「そうか。井端が入り口を間違えて入ってしまった理由。それはお前の友達が誘導したためなんだ。最初から仕込んでいたんだよ。財布を落とすことも、クマの着ぐるみが消えることも」

「え?え?どういうことだよ」

 井端をはじめ、夕以外の全員が混乱した表情をしている。夕はいつものひょうひょうとした表情をしているために何を考えているのかよく分からない。少しくらい戸惑ってくれるとこっちもやりやすいんだけどな。

「つまり、こういうことだ。最初から説明すると、まず友達がその廃校でクマの着ぐるみを見つける。そこから全てが始まったんだ。それでいつか誰かを驚かしてやろうと思って、ある計画を立てたんだ。クマの着ぐるみが消えるという現象を見せることによって、驚かせようという計画。まずクマを見つけた夜。その時は、上部の教室から入ってクマの着ぐるみを発見する。そして次の日、財布を落としたと言って逆側の教室に誘導する。このことによって、クマが消失する。そして財布。これは実は落としてなんかいなかった。その教室で落とした財布を見つけたということになれば、間違いなくその教室は昨日クマがいた教室だということの証明になるからね。そして、お前はクマの消失に驚く。うまく引っかかったわけだ」

 僕はそこまで一気に喋ってみんなの反応を待った。各々今の説明を頭で思い浮かべているようだった。

「確かにそれはありえるかもしれない。お前、すごいな・・・」

 井端にそういわれて悪い気はしなかった。もっと褒めてくれ〜。あんまりそういう機会ってないんだよ。

「ふむ、芝嶋君にしてはよく考えたもんだ」

 夕、なんだ?素直じゃないなぁ。そういう時はすごいっていう一言でいいんだけどな。

「だけど、それは違うんじゃないかな」

 え?夕はそれは違うっていったのか?じゃあ何が違うんだよ。いい気になったのはほんの一瞬だった。もうちょっといい気持ちでいさせてくれよ。

「まず友達の方の視点から考えてみよっか。いいかい?友達としては井端を驚かすということが目的なわけだ。そこで肝試しとしてクマの着ぐるみを見せる。ここは理解できる。でも驚かすという目的なら、そこで達成しているじゃないか。なにも消してしまうことなんてないでしょ」

「で、でも、消すことによって、より不思議さを演出して驚きを倍にする・・・」

「はいな。それは却下だね。普通の心理ならね、昨日いたはずのクマの着ぐるみがその教室から消えていた場合どうかね?」

 それは・・・。普通なら逃げると思うけど。夕はそう考えないわけだ・・・。僕ならどうするんだろう。

「う〜ん。芝嶋君、反応が薄いよ。いいかい?井端が怯えた理由であるのはなんだい?くまの着ぐるみでしょ?その恐怖の元である着ぐるみが消えたことによって、井端からすると、不思議さは残るにしても、安心して財布を捜すことが出来るわけでしょ?驚く顔を見たいという意味じゃ逆効果じゃないか」

 たしかにそうだ。驚かすというならまだやりようがあるはずだった。わざわざ苦労してクマの着ぐるみを隠す必要がないかもしれない。だが

「夕。それは違う。いないことによって逆に不安感が増すはずだよ。いつあのクマが出てくるかもしれないっていう恐怖感だよ」

「ちっちっちっ、分かってないね。確かに最初は恐怖感でいっぱいになるかもしれない。そのうちクマが出てこない時間が長引けば長引くほど、恐怖感は薄れていくはずだよ。なんだ、昨日のは夢か幻か、ただの見間違いかってね」

「でも、消すことによって恐怖を与えられるのは確かだろ?」

「まあ、そこは否定しないけどね。芝嶋君のがんばりに免じてそこは許してやろう〜」

 許してもらえた。って何をだよ。結局、夕の発言をまとめると、クマの着ぐるみを消すことによる効果は薄いってことか。

「もしそこからさらに恐怖をおこすつもりなら、もっといい案があるわね。それはクマの着ぐるみの再登場」

 阿部さんが口を挟む。ちょっとありがたい。夕の話は少し分かりづらい。そのうえ、本人は意識して僕を混乱させるような発言をしたがるのだ。

「う〜ん。阿部ちゃん、なかなかやるねぇ。確かにそれが一番怖いだろうね。大抵はそこまで考えないものだと思うけどね。でも芝嶋君のように回りくどい消失作戦を考える人ならそこまで考え付くかもしれないねぇ」

「回りくどいってなんだよ。僕はこれ以上ないほどよい作戦を考えたつもりだよ」

「それ本気で言っているわけ?」

 あんまりにも呆然とした顔で夕は呟く。完璧に僕を馬鹿にした響きが声に含まれていた。なんだよ、もっといい消し方があったっていうのか。

「いいかい?クマをただ消すだけなら、他の教室にクマの着ぐるみを運び去るだけで十分なんだ。そこまで回りくどいことをやる必要なんてないんだよ」

 うっ、そういわれると反論の仕様がない。確かに、単に怖がらすだけならクマの着ぐるみを消す意味なんてあまりないかもしれない。

「そこまで言われたら、もう何もいえない・・・」

 とりあえず敗北宣言を出しておいた。夕はすごく嬉しそうな顔をしている。別にお前に負けたわけじゃないぞ。僕の説が正しくないかもしれないっていうことを認めただけだからな。

 あれ?井端が真剣に悩んでいる。何を考えているだろうか?この件に関して僕の説を裏付けるような証拠を出してくれると嬉しいんだけどな。

「・・・あれ?なんか思い出しかけてきた。俺がなんでこのクマの着ぐるみが消えた件に関して、ここまで明確に覚えている理由」

 井端が話の流れを断ち切って呟く。

「あ〜だめだ。ここまで出ているのにな。結構重要なことだった気がするんだけどな。あ〜むずむずする」

 ここまで出ているといって井端が示したところは、みぞおちのあたりだった。まだ全然思い出せていないじゃないか。

 結構重要なことか。なんだろうな。むずむずするってこっちのほうがむずむずするよ。なんとか思い出してくれないだろうかな。

「う〜ん」

 どうやらだめそうだ。今すぐ思い出せそうな感じがしない。さっきみぞおちを指して指がおへその辺りまで下がっている。それって出かかかったものが引っ込んでいっているってことなのか?期待させておいて無責任なやつだな。

「う〜ん」

 井端の声かと思ったら、その声の主は夕だった。阿部さんも何か考えているらしく。目をつぶっている。高岡さんは頭の中を必死に整理しているようで、メモ帳なんか取り出して、なにやら書いている。部長は阿部さんの目をつぶった顔も素敵だわとか言っているし。

「議論が中断しちゃったね。今日はもう解散にしようかしらね」

 部長がそう宣言すると、皆そちらの方を見た。煮詰まっていたのは僕だけじゃなかったみたいで、僕にはあれ以上なにも思いつかなかったので少しほっとした。夕にまた先に事件をとかれるのは癪だったので必死に考えていたのだけれど、当の夕もどうやら煮詰まったみたいだ。

「う〜ん。あと少し・・・」

 井端がへその辺りを指していた指をおでこまで引き上げた。思い出す体制なのか、それは。

「井端君、明日でも思い出したら連絡してくれればいいから」

 部長が優しい口調で井端に話しかける。それからそっと肩に手を置いた。部長にしては何気ない行動だったのだろう。もしかしたら早く帰りたかっただけかもしれない。

 しかしそれは井端にとっては、ものすごい効果を発揮した。

「あ〜思い出した!!」

 部長の手を握って、井端は叫んだ。部長に優しくされたことで、井端の脳みそが変な刺激を受けたのかもしれない。いつも、部長に冷たくされてばかりだったからな。不憫なやつだ・・・。

「井端〜。大声出すなよ〜」

「高岡さん・・・。抗議しても無駄だと思うけど」

 僕はため息をついた。井端は部長の手を握って離そうとしないくらい興奮していた。

「ちょっと、井端君。手を離しなさい〜」

 そんなやわらかい声じゃ、なんの強制力もないと思うけどな。部長は攻める方にはしつこく強いけど、攻められると意外と弱いのかもしれない。

「いえ、思い出したのは部長のおかげですから」

 井端も井端で何を言っているのかよくわからない。部長のおかげだったら手を離さないという意味がわからない。

 部長は立ち上がって、井端の手を強引に振り切った。そして、阿部さんの後ろに隠れた。

「真奈美〜。井端君がいじめるぅ」

 甘えた声を出して、井端の方をにらんだ。この機会にまた阿部さんに甘えようという作戦みたいだ。しかし、今は高岡さんがいる。

「部長さん。わざとらしいですよ」

 その一言はとても冷たい物を含んでいた。高岡さんは笑っているように見えたけど、目はちっとも笑っていない。女同士の戦いって感じだ。

「なによ〜、香夏子ちゃん。文句でもあるわけ?」

「別にないですけど、真奈美にくっつきすぎじゃないですか?」

 一言一言にそんなに棘を含めなくてもいいじゃないか。もっと穏便にいきましょうよ。

「ええと、井端君。それでなにを思い出したのかしら?」

 阿部さんが軌道修正を図る。でもその後ろでは、バチバチと火花が飛んでいるように見えた。お互いに目を合わせていないし、口でやり合ってもいないけど、その周囲の空気は重たいなにかを含んでいた。

「あ〜、ええといいのかな」

 ちらりとその2人のほうに目をやって、井端は嫌そうな顔をした。原因が自分にあるような気がしたみたいだ。

「どうぞ」

 阿部さんが微笑む。その後ろの空気はそれとは対照的だったけれども、井端も少し表情を緩めた。

「思い出したことっていうのは、そのぉ、クマの着ぐるみが消えた後、つまりその夜、俺はもう一度廃校に戻ったんだ」

「なんだって〜!!」

「そんな大声出すなよ。ちょっと忘れていただけじゃないか」

 大声出すなっていわれても、これが大声出さずにいられるかよ。そんな重要な・・・って今のところそんなに重要でもないか。

「それで?何が目的だったわけ?」

 夕が僕の方を一瞥して、井端に先に進めるように促す。

「ええとな、クマの着ぐるみを探しに行った。クマの着ぐるみが消えた事がすごく気になって、探しにいったんだよ」

「なんだって〜!!」

「大声出すなって」

 これが大声出さずにいられますか。そんなに重要な・・・ってまだ話の内容聞いていないから、重要かどうかの判断できないな。

「それでな、実はクマの着ぐるみは・・・。どの教室にもなかった。全ての階の全ての教室を見回ったけど・・・な」

「なんだって〜!!」

 夕が大声を出した。夕、あれだけ井端が大声出すなって言われてただろ?僕は今回は自粛した。

「ええ〜!!芝嶋君!!なんで今回は驚かないわけ?」

「なんだよ。そんなに重要なことなのか?」

「・・・当たり前だよ」

 全く呆れたという目で見られている。なんとか挽回しなくては。

「ええと、つまりこういうことだな。井端はクマの着ぐるみが気になって、その夜探しに行った。でも着ぐるみは消えていた。どこの教室にも・・・なんだって〜!!」

「今頃気がついた?」

「え?とりあえず驚いてみただけだけど・・・」

「芝嶋君・・・。馬鹿か?」

 ひどい言われようだ。疑問形だったけど、かなりの部分で断定しているみたいな言い方だったし。

「いいかい?そのことが事実であるとすれば、君の案は全否定されるし、私が言ったことも全部否定されるんだよ」

「ええと・・・。僕の案っていうのは・・・。あの教室入れ替えのやつ?」

「君はそれ以外になにか適切なアイディアをだしたかしらね」

 出してませんよ。でもどういうことだ。

「だってさ、もしその友達がクマの着ぐるみをどこかに片付ければ、クマの着ぐるみは井端が再確認しにいったときに消えているはずだろ?」

「はぁ、もしその友達がクマの着ぐるみを校舎の外にほっぽた場合ね。芝嶋君、君の説は真っ先に消えるよ。もし教室の入れ替えが行われた場合、その時点でクマの着ぐるみは別の教室にあるわけでしょ?でもあとから行くとクマの着ぐるみは消えていた。ということは、財布を捜してから井端が行くまでの間にクマの着ぐるみは片付けられたことになる」

「そうだね。でもそうすれば説明が・・・」

 夕のため息と反論に負けないように反論しようとしたタイミングで夕がまた口を挟む。まだ話し足りないのならゆずってやるか。

「説明?そんなもの一体どうやったらつくわけ?だいたい、後から片付けるのなら教室の入れ替えのトリックなんて必要ないんだよ。だって最初からクマの着ぐるみを片付けておけばいいんだから」

 うっ、そういわれると確かにそうだ。あんな回りくどい・・・自分で言ってしまうけど、トリックを使う必要なんてない。だってクマの着ぐるみはなかったんだから。

「それに私がいったどこか別の教室に運べばいいっていうのも同じ理由で駄目だね。つまり、着ぐるみがなかった以上、クマの着ぐるみはどこかに運び去られてしまったか、もしくはどこかに捨てられた以外の選択肢はなくなったってわけか」

 それ以外の選択肢はない。では何が一体問題なのかな。友達が井端を驚かすためにクマの着ぐるみをどこかに捨てたっていう結論で良いわけなんだろうけど、夕の顔は今ひとつ冴えない。

「芝嶋君、納得いかないって顔してるねぇ。いいかい、着ぐるみを消すだけなら、他の教室に運ぶだけで十分なんだ。なにもどこかに捨てに行く必要はないんだよ。ああ、見えて結構着ぐるみってのは重い。それをわざわざ2階の教室から、どこかに捨てに行く必要なんてないんだ。理由がないんだよ」

 理由か。井端を驚かすっていう理由は確かに軽すぎる。

「たぶん、まだ足りてないんだと思うなぁ」

「足りてないってなにが?」

「情報」

 そういうと夕は井端の方に歩み寄る。それからなぜか、拳をぎゅっと握り締めた。

「きっとお前の頭の中にはまだあるはずだ〜!!思い出せ!!」

 あ〜こめかみを拳でぐりぐりと抉っている〜。あれ痛いんだよな。井端、可哀想に。

「いたたた。やめろって、絶対もうないから、何の情報もないから」

「いや、お前にはまだ情報があるはずだ!!まだ言っていないことがあるからね」

 いってないことってなんだ?なにかあったけ。僕は必死で思い返してみるけど、それが何であるか分からない。

「理由だよ」

「理由だと?」

「そう、お前がこのことを明確に覚えている理由」

 そういえば、井端はそんなことを言っていたかもしれない。

「ああ、てっきり幽霊でも出たのかと思って

「幽霊だって?なんで?」

「そりゃあ、昨日あったものが今日消えていたら、幽霊だって思うでしょうが」

 それは明確に覚えている理由になるだろうか?あまりクマの着ぐるみの幽霊っていうのは怖くないなぁ。

「幽霊がでたって思って、そのことによって事件自体が強烈にインプットされたわけか・・・。対した情報じゃないなぁ」

「確かに」

「芝嶋までそういうか。俺は夕ちゃんにいわれてしぶしぶ・・・」

「あ〜うるさい。このうすら馬鹿が!!」

 ひどい言われようだ。

「確かにね」

 ふふと笑って部長が言った。井端はかなりのショックを受けている。おそらく夕のうすら馬鹿に対して部長が納得したように思ったんだろう。

「ああ、井端君。違うわぁ。私が納得したのは、夕ちゃんの言葉に対してよ」

「え?どの言葉ですか?」

 夕の言葉っていうのは具体的にどれを指しているのかが全く分からない。こういう場合は直前に発言した言葉なはずだけど、それだと『うすら馬鹿』になってしまう。

「確かに情報が足りないと思ってね。ほら、さっき夕ちゃんが情報が足りないって言ったでしょう?」

 結構前のセリフだな・・・。本当にマイペースな人なんだな。

「そうですよね。だからこうして井端を締め上げて〜」

「明日まで待ちましょう。もしかしたら、井端君もなにか思い出すかもしれないし・・・。そうねぇ。誰かできれば井端君の侵入した学校のことを調べてきてほしいわぁ」

「それは私がやらせていただきますわ」

 阿部さんが手を挙げる。さすがだわ、と部長は呟いてその役目を阿部さんに託した。高岡さんはつまらなそうな顔をしていたけど、部長はやっぱり気にしない。

「・・・あれ?そういえば、この事件って競作の題材になるはずのものだった気が・・・」

「気にしない〜の、解決しそうになっているんだからこのまま一気に解決しちゃいましょ」

 部長にそういわれると、反論のしようがない。このまま解決しちゃえば確かにこの事件の答えについて一人で悩まなくてすむか。

「さて、ではもう遅くなったから、かいさ〜ん」

 部長の間延びした声によって、この場は解散となった。

 

「なあ、芝嶋君。部長さんはいつもああいう人なの?」

 帰り道。残念ながら同じ通学路であった僕と夕は、もう日も沈みきった道のりをとぼとぼ歩いていた。僕も夕も学校から家が近いためにバス通学ではない。

「ああ、そうだなぁ。だいたいあんな感じだね」

「私は苦手だね。あの人、見透かしている感じがある」

「見透かしてる?何を?」

 意外な事を言う。あの人は単なる変態さんだと思っていたけど、夕はそう見ないようだ。

「変態なことは確かだけど、例えば、私と芝嶋君が議論しているときあの人はただ笑って見ていた。まるで議論の行き着く先を見透かしているみたいに」

「夕・・・。考えすぎだと思うけど、僕には単に阿部さんの隣にいることが嬉しくて、ニヤニヤしているようにしか見えなかったよ」

「うっ、それはそうかも・・・」

 考えすぎだろう。間違いなく。

 夕と分かれて家に着いた。その夜、僕は普段使わない脳みそをいっぱい使ったせいか、あっというまに眠ってしまった。夢なんて見ないくらい熟睡したみたいだ。おかげで次の朝寝坊してしまった。

 

「さて、成果はどうかしら」

 部長の一言でまた会議がスタートした。本来なら部活は週に一回あるかないかなのに、今回に限っては2日連続で部活動があった。部活動があるかないかは実は部長の一存によって決められているということを今回はじめて知った。

「成果・・・ですか」

 井端はわけが分からないという顔をしている。こいつ、昨日何も思い出さなかったな。

「そんなもんないですよ」

 さらりと言ってのけやがった。

「なにも思い出せませんでしたってことです」

「堂々と言い切るな・・・」

 とりあえず突っ込みを入れておく。漫才やっている場合じゃないってば。

 僕と井端が連れ立って部室に入ったときには、既に全員がそろっていた。昨日いなかったはずの副部長もいる。夕はいつの間にかいた。確か、僕が教室を出た時にはまだ教室にいたはずだった。僕が井端と偶然出会って、部室に共に向かった時には既に部室にいたことになる。きっと早足か駆け足でここに向かったんだろう。

「まああなたにはあんまり期待してないわ」

 部長の辛辣な一言に井端の顔が引きつった。あまりにショックだったのか、後ろによろめく。

「いいのよ。新しい情報は私の愛しい真奈美が集めてきてくれたから」

 高岡さんがすごく嫌な顔をする。

「部長、愛しいっていう言葉は恋人同士が使うものです」

「あらぁ?焼もちかしら?うふふ、可愛らしいこと」

 部長・・・余裕だ。阿部さんはその様子を微笑して眺めている。たぶん自分が取り合いになっていると思ってないんだろうけど、見ようによってはすごい悪女に見えかねない。

「・・・部長、先に進めましょう・・・」

 副部長が珍しく口を開いた。普段もこの人は喋らない。たまに喋るときも小声でぼそぼそ喋る。男から見ても分かる美形さんなのにもったいないことこの上ない。その上、普段から自分は目立たないのが特徴と言っている。やっぱりちょっと変わった人かも知れない。

「そうねぇ、しかたないわ」

 副部長は部長の扱いに慣れているのか、いつでも暴走気味の部長の手綱を取るという役目をすることが多い。

「・・・阿部さん。どうぞ」

「はい」

 阿部さんはコピー用紙を取り出して、手に取った。どうもインターネットから収集した情報をプリントアウトしてきたものを持ってきたようだ。真面目な子だなぁ。

「これは例の廃校、川久保中学校の最後の卒業生が管理人の同窓会のページです。自分達が最後の卒業生ということもあって、校舎の地図などが詳細に載せられていました。はい、これです」

 阿部さんが真ん中の机にコピー用紙を広げた。今日は円になった椅子の真ん中に机があった。こういうことがあると予想して、誰かが備えたらしい。

「へぇ、これで芝嶋君の推理はまた一つ外れたことになるねぇ」

 夕がいやらしい笑いを浮かべている。どういうことだ?

 地図に書いてあった校舎の詳細には黒板やら教卓やらまで書き込まれてあった。ちなみに扉は各教室に2つ備え付けてあった。これを製作した人はよほどこの校舎に思い入れがあったのだろう。でなければここまで詳細な地図を書く気力なんて出ないだろうな。

「いいかい。芝嶋君の推理だと教室の入れ替えは点対称に起こっているわけだ。でもね、この地図を見てもらうと分かるけど、それは無理なんだ。なぜかって顔してるね。見てみなよ、ここをね」

 夕はある教室の黒板と教卓をいっぺんに指した。それはどっちを指しているんだよ。

「じれったいなぁ。分からないのかい?いいかな。こっち側の教卓の位置と逆側の校舎の黒板の位置を比べてみなよ」

 そういわれて見てみると、『工』の形をした校舎の上下は鏡に写ったようにほとんど上下対称だった。地図には『工』の形の校舎がこのままの形で真西を上に鎮座されている様子が、鳥瞰図で綺麗にプリントアウトされていた。校舎はどうやら3階建てみたいだ。教卓の位置といわれても、左右の校舎とも北側に設置されているということしか分からない。

「いいかい。もし教室の入れ替えが行われたとする。そうすると階段も逆側の校舎の物を使うことになる。そして、仮に右に曲がったすぐの教室に入ったとしよう。それで入れ替わる前の教室との違いを探してご覧よ」

上の校舎の階段のすぐ左の教室と下の校舎の階段のすぐ右側の教室を比べてみる。するとあることに気がつく。

「分かった・・・。教卓の位置が違うんだ」

 入れ替わった教室と元の教室。仮に両方とも階段に近い方の扉から入るとすると上の校舎では教卓は北側にあり、入れ替わった方の教室の教卓は南側にある。これでは教室が入れ替わった場合、明らかに分かってしまう。

「僕の推理は、違ったのか」

 軽くショックを受けた。ここまではっきりと違うと言われると、ちょっと悲しくなる。

「そう、君の推理はぜ〜んぜんちがったのだ!!」

 夕が誇らしげに胸を張る。無い胸はったってなんにも悔しくなんか無いやい!!

「阿部さん・・・。次、おねがいします」

 ああ、副部長にいまのやりとりを無視された。こんな風に部長もあしらっていくんだな。

「あ、はい。ええと、一応いろいろコピーしてきたので、皆さん見てみてください。役に立たないかもしれないけれども」

 いえいえ、役に立たないなんてとんでもない。重要なことを忘れていた井端や推理する気の無い部長と比べるまでも無いくらい役に立っていると思います。比べるのも失礼なくらいだ。

「・・・。これは、最後の文化祭の様子・・・」

「井端、クマの着ぐるみってこれか?」

 そこには文化祭での写真が写っていた。そこに写っていたのは、模擬店や文化部による展示、それに加え、劇が写っていた。説明文が写真には付け加えられていて、『先生たちによるコメディ『赤ずきんと7人の小人と地蔵と』おもしろかったぁ』と書かれていた。そこに写っているのは、赤ずきん役の先生がクマの着ぐるみに襲われている姿だった。

「それかもしれない」

 なるほど。いままで出所不明だったクマの着ぐるみの正体がここで明らかになったわけだ。

「でも・・・。なんでクマなんだろうねぇ」

 夕が首をひねる。そんなことはあんまり関係ない気もするけど。

「たしかにねぇ・・・。赤ずきんなら狼だし、7人の小人なら嫉妬深い魔女、地蔵ってなんだろうねぇ」

 部長がそれに答える。手をひらひらとさせていることから、部長もこの問題にそんなに興味が無いようだ。

「たぶん、予算の問題じゃないですか?」

 部長の軽口にしぶしぶつきあっているんですよといいながら高岡さんが答えた。

「ようするに、予算で狼の着ぐるみを入手できなかったから、クマにしたってこと?」

「予想ですから、当たらなくても知りません」

むっとして高岡さんが言った。部長の言葉には挑戦的なニュアンスが含まれていたから反発したくなったんだろう。

「ふ〜ん、責任ないのねぇ」

 さらに部長が挑発する。高岡さんは、さらに顔を赤くして怒っている。

「責任?部長に言われたくない」

「え〜私がなんだって?」

 部長がさらに挑発する。

「やめとけ。・・・今はあまり関係ないだろう?」

 雲行きが怪しくなったので、そこに副部長が割り込んだ。僕や井端だったらこれは無理だ。たぶん何を言っても、無視されるのがオチ。副部長の一言は冷えた空気を断ち切った。冷たい空気には同じくらいに冷たい言葉によって断ち切るのがいいのかもしれない。

「分かりましたよぉ、山田君のばかぁ」

「・・・分かればいい」

山田っていうのは副部長の名前だ。役職じゃなくて名前で呼ぶってことは、意外と部長と副部長とは仲がいいのかもしれない。

「とにかく、クマはあんまり関係なしでいいかな。クマの出所は分かったけれども、特に新しい情報はないねぇ」

 夕が言ったとおり、確かにクマの出所以外はたいした情報がでていない。ホームページの方にはほとんどいい情報は載っていないみたいだった。ほとんどが生徒の近影で校舎の様子はあまり写っていなかった。

「・・・あれ?」

 井端がコピー用紙を一枚取り上げた。

「これさ、俺の中学じゃない?」

 その用紙を阿部さんの目の前に突きつけた。阿部さんは全く動じず答えた。

「そんなわけ無いですよ。ほらここ、ちゃんと川久保中学校って書いてあるでしょう?」

 阿部さんの指差した先には、生徒たちが写っていたが、その後ろに門扉があってそこに確かに川久保中学とあった。

「あれぇ、この先生見たことあるんだけどなぁ。他人の空似?」

 井端の言っているのは、僕達の担任『大木先生』という欄に写っている写真だった。

「確かにこんな顔で、眼鏡かけてて、優男で、名前が大木で・・・」

 必死に思い出しているようだ。僕はその間、他の写真を見ていた。おっ、この子可愛らしい。

「いてっ、夕何するんだよ」

「なんだよ。写真でデレデレするのか?気持ち悪いよ」

 夕にわき腹をつねられた。その様子を部長や高岡さんはにやにやしながら見ている。なんだかそちらの方が気持ち悪い。

「たぶん、この先生。俺の知っている大木っていう先生だ。中1の時に転入してきたよ。それで覚えているんだ」

「ふ〜ん。それが何か関係あるわけ?」

 夕、それを言ってもしようがないよ。今はどの情報が重要かわからないのだから、井端と共に情報を選別していくしかないんだよな。

「関係か・・・さあね」

 やっぱり井端には分からないわけだ。

「そういえば、この学校が廃校になったのっていつ?」

「どうやら、井端君が小学校6年の時みたいですね」

「結構、最近なのね」

 阿部さんと高岡さんも向こう側で、情報の選別をしている。井端が中1の時に廃校ということは・・・。今このホームページの管理人は高校3年生か、もっと年上をイメージしていた。大学生とか社会人とか、まさか2歳年上の人がこのページを作っているとはね。そこまでこの中学に思い入れがあったのだろうか。やっぱり最後の卒業生ってことで感慨があったのだろうか。

「ふ〜ん。なるほどねぇ」

 椅子に座って資料も見ようとしない部長がぼそりと呟いた。なんだろうか。もしかして、推理でも浮かんだろうか。

「井端君。少し聞いていいかな〜。着ぐるみ劇にクマは出ていた?」

「はぁ?」

「だから着ぐるみ劇にクマは出ていたのかってきいているの」

 着ぐるみ劇ってなんだろう?というか部長が何を聞きたいのかがさっぱり見えてこない。

「着ぐるみ劇?ええ、まあ」

 出ていたのか。だから、なんだよ。どうなっているんだ?さっぱりわからない。

「もう一つ、どうやってその夜、クマの着ぐるみを認識できたか。具体的に言うと、光の存在はどうだったか」

「光・・・。そういえば、前から光が当てられていたような気がしますけど・・・」

 光の存在?それが何の関係があるのか。

「それは懐中電灯と解釈していいのかしら」

「ああ、それはそうかもしれないです。あれは懐中電灯でした」

 井端が答える。部長はつまらなそうにしていた。

「さあて、帰ろうっと」

 部長が立ち上がって、帰り支度を始めた。え?なんで?解けたわけ?

「真奈美〜。いっしょに帰らない?」

「いえ・・・。私は・・・」

「そう、ならいいわぁ。今回は競作はなし。独自の話題で取り組んで頂戴」

 そういい残すと部長は帰ってしまった。皆、呆然としている。と思ったら、副部長だけは無表情だった。

「あ〜そうそう。真奈美〜。なんだかわからないって顔しているわね。キスさせてくれたら教えてあげてもいいかなぁ」

 扉が突然開いた。部長がその隙間からひょっこりと顔をだして、阿部さんに投げキッスをした。

「いやです」

 阿部さんは堂々と断った。部長は「ちぇっ〜」とか言いながら扉を閉めてしまった。今度はしばらく待ったけど、帰ってこなかった。

 阿部さんには悪いけど、キスでもなんでもして部長の推理を聞き出して欲しかった。今はむちゃくちゃ未消化なままだった。

「自分達で考えましょう」

 阿部さんはすこし怒っているみたいだった。馬鹿にされたと感じたのか、それとも部長が取引しようとしたところが潔癖っぽい阿部さんの癇に障ったのか。

「っていってもねぇ。結構難しいと思うけどなぁ」

 夕が淡々と口にする。確かに堂々巡りに陥りかねない。

「いえ。あんな不真面目な人に負けるわけには行きません」

 おお。普段物静かな阿部さんが燃えている・・・。

「真奈美〜。それでこそ、真奈美よ〜」

 高岡さんが煽っている・・・。それにして、阿部さん。立ち上がって、拳を握り締めるのは似合いませんよ。

「・・・気合が空回りしないようにね」

 無表情な口元を少し緩めて副部長が阿部さんに応援の言葉を投げかけた。久しぶりに副部長の笑っている顔を見た気がする。こういう顔しているとこの人もてるんだろうなぁ。

 しかし、副部長の言葉は現実になってしまった。えいえんに堂々巡りをした後、部長の質問の意味に惑わされ、井端の諦め、そしてそのまま日が暮れてしまった。今日はこの謎にのめりこんで眠れそうな気がしない・・・。昨日はあれだけよく眠れたのになぁ。

「残念だけど、かいさ〜ん」

 夕の宣言で今日はお開きとなってしまった。やっぱり、眠れない夜となりそうだった。

 

「部長さん・・・。意外と性格悪いんだね・・・」

 夕がぐったりして口を開いた。今日も一緒にかえっているが口を開けば出てくるのは、未消化な謎の話ばかりだった。

「あれはたぶん本気でキスして欲しかったのかも」

「でもさ、結構冗談ぽくなかった?」

 まあ、たしかにそう見えたけど、高岡さんが議論の中でぼそっといったのを聞いてなるほどと思ったことをいってみる。意外と嫌いな人物の分析は容易に出来るのかもしれない。

「高岡さんが言っていたけど、あれは照れ隠しなんじゃないかって」

「照れ隠し?」

「そう、照れ隠し。あの人は普段猛烈にアピールしまくるけど、本当にやって欲しいこととかそういうものは隠したがる人なんじゃないかなって、それとあの人は典型的な攻めタイプだから、逆にキスしてもらうのは少々照れくさいんじゃないかだってさ」

「ほうほう、なるほどねぇ。そういう考え方もあるのか」

 素直に感心しているよ。僕もそれを聞いた時は同じように納得したよな。

「でも、答え教えないのは性格悪いよ」

 まあ、そうだよね。おかげでその説が正しいのかどうかを検証する機会も失われてしまった。

「う〜ん。クマの着ぐるみと大木先生のつながり・・・。人形劇。光の存在、懐中電灯。なんだよ〜、本当に切れ切れだなぁ」

 部室を出て少し歩いたけど、完璧に日が暮れてしまった。前から来る車にもヘッドライトが既に明るくついている。

「なんだよ〜。ヘッドを上げるなよ〜。まぶしいな!!」

 車に八つ当たりはよせよ。轢かれてしまうぞ。

「・・・そういうことか。光の存在・・・の意味がわかったよ、芝嶋君!!」

「本当に?!」

 夕は突然思い至ったみたいだ。きっかけは一体なんだって言うんだよ。

「あとは・・・着ぐるみ劇だろ?それはどうなんだよ」

「それは解けてはいる。今、思い出したんだ。つい昨日のことなのになんで忘れるかなぁ」

 夕もなにを言っているのか、僕にはさっぱり分からない。その言葉は部長と同じで呪文めいて聞こえる。

「あ〜なるほどねぇ。たぶん部長はこういうことを言いたかったんだ。これならたしかに、全てを説明できるかもしれない」

「夕、本当か?」

「うん。これはたぶん部長の中で出た答えに程近いはずだよ」

 夕はゆっくりと僕の方に向き直った。

 そしてにやりと笑った。

「あのさ、芝嶋君。コーヒーおごる気はない?」

 夕、お前も十分に性格悪いぞ。

 

「ふう、芝嶋君のお金で飲むコーヒーはうまいなぁ」

 学校からあまり遠くない場所にある全国チェーンのコーヒーショップに入ったのはいいが、今夕が飲んでいるコーヒーは無理やりおごらされたものである。そのコーヒーは夕が思い至ったという部長の推理の披露との引換券代わりになっていた。

「夕、コーヒーおごったんだからそろそろ教えろって」

「まあそうあせらない。でも、ま〜そろそろ教えてあげてもいいかな」

 夕は余裕たっぷりだけれども、その推理の内容は自分で考え付いたものじゃなくて、部長が推理したものなんだからな。お前が誇る意味がわからないですよ。

「まずどこから話すべきなんだろうな。とりあえず、時系列をおって説明するべきかな」

「とりあえず、分かりやすくお願いしますよ」

「あいよ」

 夕はコーヒーを一気に飲み干した。男勝りとはこのことか。でも舌を火傷したみたいで、舌を出して手を扇にしてパタパタ仰いでいる。

「ふぁのさ、ましゅ・・・」

「舌を使えよ」

 舌を冷やしながら喋るために、しっかり発音できてない。

「ええとまずね、クマの着ぐるみ。光の存在の謎だけど。井端が見たあれは、クマの着ぐるみを運び去ろうと後ろから掴んでいる姿を見ただけなんだよ」

「・・・え?そんなに単純でいいのか?」

「いいんだよ」

 あまりのあっけなさに泣きそうだった。あれだけ悩んでそれが答えでいいのかよ。

「たぶんね、着ぐるみを肩に掲げあげようと思った時に、腕を持ち上げた瞬間を見たんだろうね。だから手招きをしているように見えた。それが単純だけど答え」

「あれ?でもさ、後ろに人がいたら気がつくんじゃないの?」

「そのとおり」

 そのとおりじゃないよ。それじゃあ答えになっていない。後ろに人がいたら普通気がつくだろうし。

「そこで光の存在。つまり、懐中電灯。左手に懐中電灯をもって、誰かが来たと気がついてそちらを照らした。そうすることによって、井端達は逆光でクマの姿だけが浮かび上がり、光を照らした人間には気がつかなかったんだ」

「一体どうやってその結論に結びついたんだ?」

「まずは肝試しの時、光源はなんだったかってことなんだよ。井端達は間違いなく懐中電灯を持っていたわけはない。なぜかというと、それは学校の帰りだから。そんな準備周到で肝試しにいったと井端は言わなかっただろう?」

 確か文化祭の準備の帰りで気分が浮かれあがっていたから、肝試しに行ったと言っていたな。ということは突発的な計画だったんだろう。

「さすがに7時では外はもう大分暗かっただろうね。しかも田舎、その上廃校。ということは、明かりなんてものはほとんどないわけだ。たぶん夜目と月明かりのみで探索したに違いないわけね。でもクマの着ぐるみが手招きする姿は見ている。ということははっきりとした光源がそこにはあったわけだ。もしかするとそこに誰かいて、懐中電灯か何かで井端達を照らしたためにクマの着ぐるみが見えたんじゃないかって思い当たったわけだ」

 なるほど。そこは納得できるかもしれない。しかし、そこから先はどうなるというのだろう。クマの着ぐるみを運び去った理由や部長の言った着ぐるみと大木先生との繋がりの説明のことを説明できるのだろうか。

「そして、思い出して欲しいのが、昨日井端が言ったセリフ」

「どのセリフなんだよ」

「ふふふ、そこはまた別料金ですぜ、旦那」

 悪徳商法かよ。このままじゃ、どんどんおごらされていくぞ。

「お客さん、今回はサービスしちゃうわよ」

 語尾にハートがつきそうなくらいのしなを作って夕は言った。完全に馬鹿にされている。

「わかったって、払えばいいんだろ?気持ち悪いから、その口調と腰つきをやめてくれ」

 たぶん僕が嫌そうな顔をしているから、からかったんだろう。いったい何のサービスをするつもりだったんだろうか。からかわれている事が分かったから、僕は夕にドーナッツをおごる事にした。結構痛い出費かもしれない。

「は〜い。わっかりましたー」

「で、井端のセリフってどれだよ」

 むかっぱらを立てながら、僕は注文したドーナッツを夕のほうに押しやった。

「うむ。これはうまいね」

 完璧無視しやがったよ。うまそうにドーナッツを食べる夕は果てなく無邪気だった。

「夕。教えないと、これ没収するぞ」

 ドーナッツを夕の手からひったくり、皿の上に置く。

「はいはい。言えばいいんでしょ。あのセリフだよ。『あれは俺が中2の文化祭だった。俺の憧れの先生、もちろん女教師だったが、その先生が着ぐるみ劇でウサギの着ぐるみを着ていたんだ。その仕草のかわいらしいことったらなかった。そこで俺は提案したい!!俺は部長のうさぎの着ぐるみが見たい!!』とかいう煩悩丸出しのセリフ」

 井端の真似なのか、えらく声を張る。しかし、よくそんな長いセリフ覚えているもんだ。でも、それがどうかしたのだろうか。

「重要なのは、人形劇って言う単語」

「え?『部長のうさぎの着ぐるみが見たい』ではないのか?煩悩丸出しという意味では」

 夕にほっぺたをつねられた。

「違うよ・・・。人形劇ってことは井端のセリフに出てきたウサギの着ぐるみの他に、キツネ、パンダ、ネコなどいろんな動物がいるんだろうねぇ」

「そりゃあ、人形劇だからいろいろいるかもしれないけど、それが何か?」

「鈍いなぁ。もちろんいろんな動物がいるだろうね・・・。クマもね」

 あっ、なるほど。そこでクマの着ぐるみが出てくるわけなのか。そういえば部長はそんなことを井端に聞いていた覚えがある。

「思い出したみたいだね。さて、そこに新たに大木先生というファクターをプラスさせてもらう。そうすると、また新しいことが見えてくるわけだ」

「どんなことなんだ?」

 夕が僕の前に手を出した。何だよ、この手は。ま、まさか・・・。

「そう。青ざめているようだけど、私は思うわけだよ。もう一個ドーナッツが食べたいなと」

 鬼〜。この金の亡者〜。っていっても僕はそれを拒否できないんだよなぁ。

「しかたないなぁ・・・。今回だけだよ」

 新しいドーナッツの注文は夕の苦手なシナモンの粉のついた奴にしよう・・・。せめてもの嫌がらせだ。

「うわっ、シナモンじゃないか・・・。芝嶋君、この罪はいつか贖ってもらうからね」

「ひどい・・・」

 散々すぎる。文句を言いながら、夕はドーナッツをほおばった。

「ううう、シナモンがおいしくないよ・・・。とにかくだねぇ。大木先生は新任だった。その前の勤務先は廃校になった川久保中学だった。そして、クマの着ぐるみは川久保中学にあった。そして、中学2年の先生達の劇は・・・着ぐるみ劇だった。そこにはクマの着ぐるみが出ていたかもしれない。これらを合わせると、何が見えてくる?」

「・・・。今度こそわかった。あの夜、井端たちが目撃したのは川久保中学にクマの着ぐるみを取りに来た大木先生だったってことか」

「今度こそ、正解」

 つまりこういうことだ。

何らかの事情で川久保中学に置き去りにされたクマの着ぐるみ。大木先生はそのことを知っていた。そして、文化祭の教師達の出し物が着ぐるみ劇に決まった。そこで大木先生は前任だった川久保中学校にあったクマの着ぐるみが使用できると思って、あの夜出かけていき、そこで井端たちと出合った。

「わかってみると、単純なもんだねぇ」

「・・・その単純な結論に、僕はいくら使ったんだろう」

「泣かないの。もう一つ・・・」

 今度は夕、何を要求するつもりなんだよ。

「これってセットで頼んだ方が安かったみたいだね」

「・・・え?何の話?」

 話が飛びまくっていて、さっぱり分からない。セットってなに?

「いやさ、コーヒーとドーナッツ2個のセットっていうのがあったみたいなんだ」

「え?あ〜本当だ・・・」

 これで見ると100円くらいセットで頼んだ方が安かったみたいだ・・・。損した・・・。

「ほら、ガッカリしないの。あっ、すいませ〜ん」

 夕が店員さんを呼んだ。まだ食べる気なのか?しかも、僕のおごりで。

「あの〜このセットください」

 それはコーヒー+ドーナッツ×2のセットだった。

「おい、夕。なに頼んでいるんだよ。僕はもう払わないからな。本当に!!絶対!!」

 僕は目の前でバッテンを作って、猛抗議した。これ以上払わされてたまるかよ。

「芝嶋君、なに言ってるの?これは私のおごり。はい、芝嶋君の分だよ。100円、君の方が多く払っているけど、それは私の推理代でチャラにしてもらえるとうれしいなぁ」

 え?夕が僕におごり?珍しいこともあるもんだ。

「ほら、私の失敗で芝嶋君に損させたでしょ。あれの償いだよ」

「え〜と、別にそのことについては怒っていないんですけど」

「違うだろぉ。そういう時は素直にありがとうって言ってくれるだけでいいの」

 ええと・・・。

「ありがとう」

 ちょっと最後に言ったありがとうは照れくさかった。なんだか夕にうまく丸め込まれた気がするけど、ありがたくいただくとしよう・・・。

「って夕。僕がチョコレート嫌いなの知って、2つともチョコレートのかかったドーナッツ頼みやがったな!!しかも、飲み物はココア!!」

「えへへ〜。さっきのシナモンのお返しだってば」

 

 でも結局、チョコレートのドーナッツもココアも全部いただいた。

チョコレートのほのかな苦味も甘さも好きになれそうな気がした。